三体III 死神永生

手短に紹介したい。『三体三部作』の最終巻である。以下、前作の中核に触れるので要注意。前作の『暗黒森林』において、宇宙が疑心暗鬼に満ちた、先手必勝の弱肉強食状態であることが判明した。文明の位置が他文明に感知されないようにヒッソリと身を潜めるのが最良の戦略であった。地球を侵略しに飛来中の三体文明に対しては、科学力で大幅に後れを取る地球文明側は、相手文明の位置情報を全宇宙に向けて送信するという脅しを以って冷戦状態に持ち込んだ。ただしそれを実行すれば、相手文明と同時に自文明も滅ぼすことになる。以来、見かけ上の平和が長く続いているという状態から本書が始まる。この間、地球人は三体文明から多くの科学知識を学んだように、三体人も地球文明から学んでいたことがあった。ネタバレを含むのは此処まで

本書の冒頭は冷戦以前の時代、数世紀後には飛来するという三体文明に対抗する戦略を捻りだしている時代(前作の時代)まで遡る。何としても人間のスパイを三体艦隊に送り込みたいという対策研究グループは、厳しい物理的制限の下である特殊な状態の「一人の人間」を三体艦隊の方角に向けて打ち出す。その「彼」が学生時代に片思いしていた女性は研究グループの一員であり、彼をスパイ候補として推した本人でもあった。本作は要所要所に於いて彼女が下した、人類の存亡に関わる三つの決断(選択)とその結果を、冒頭の時代から宇宙の終焉まで彼女と共に見ていくというお話である。これらの決断には統一性があり、それが彼女の本性を特徴づけている。三つの決断の内で最後の結末は本書では語られない。なお、彼女は不死ではなく、冷凍睡眠を使って時代の要所要所を断続的に生きているだけなので、最終章でも実年齢はそれ程ではない。物語の中盤、上巻と下巻の丁度境目辺りで彼女は彼と再会する。そこで彼から伝えられる三つの物語とその解読がこの物語の最高潮である。

以下、本書の長所と短所を箇条書きにする。前作までを読んで気に入った人に改めて勧める必要は無いと思うので、シリーズをまだ読んでいない人を意識した。
長所
1.面白い。21世紀以降(この20年)で最も優れた長編SFの一つだと思う。
2.アイデアが素晴らしい。もう殆ど忘れてしまったが、第一作目はミステリーの様でもあった。第二作目は三体文明によって地球文明の科学発展が阻害されていたこともあって奇抜なアイデアがやや薄まったように感じたが、別の要素がそれを十二分に補っていた。第三作目の本作はSF的なアイデアが洪水のように押し寄せるので眩暈を覚えるほどである。もし全て著者のオリジナルであれば、素晴らしいと言うほかない。長編SF10本分くらいのアイデアが詰まっている。
3.頭が良い。小説の感想としはて妙な言い方だが、色んな個所で蒔いたネタが上手く回収されている。特に遠距離の回収は気持ちよく、僕はこういう頭の良いお話が好きなんだと改めて感じた。本作中ほどに出てくる「三つの物語」にも頭の良さが表れている。

短所
1.長い・値段が高い。本の冊数が増えるので同じことである。三部作全巻合わせて、ハードカバー版・キンドル版だと合計一万円程になる。
2.やや冗長である。特に第三部の後半は慌ただしく纏まりが無いように感じたが、本作の主題を考えると首尾一貫しているともいえる。
3.SFに興味が無い人には面白さが半減するかもしれない。本書は結局、SF的アイデアが読書の推進力となる小説なのだ。お話のスケールの大きさも人によっては短所になるかもしれない。どれくらいの大きいかと言えば、最終的には全宇宙(銀河系などではなく、文字通り宇宙全体)の規模になる。

最後に、本作は二つに分けて、アイデアを十分に消化した方がSF的には面白くなるように感じた。もちろん素人の感想である。「三体」というタイトルなので三部作に拘ったのかもしれない。文学的にはこのまま、分けない方が良いと思う。