とうがらしの世界

最近またペヤング獄激辛の新味が近所のコンビニに並んでいるのを見つけて、毎日一個づつ、時には二つ、売っている間にと思って買いだめしていた。少しクセになったのだ。数ヶ月前にカレー味のやつを一度食べてたので、その辛さに慣れたのだと思われる。食後の数分間は口の中が痛いが、続く4・5時間ほど胃の辺りがホカホカと暖かくなって気持ちが良い。ただ、もう少し時間が経つとお腹も少し痛くなるので、そっち方面が弱い人は要注意。同商品を食べる動画を見ていると、体が反応して薄らと汗をかく。目の周りから頬骨にかけてスウスウと涼しくなるのが面白い。これを書く時点でもう近所からは消えてしまったものの、毎日食べるようなものでもないので、まだ10個ほど残している。

一般的な食品に含まれる中で、ヒトにとって最も辛みの強い成分はカプサイシノイド(カプサイシンもその一種)であり、植物の中ではトウガラシのみに含まれる。ショウガやコショウにも別種の辛み成分は含まれるが、それらのスコビル値(辛さの指標)は鷹の爪と比べても一桁は落ちる。因みに「鷹の爪」はトウガラシの品種名である。唐辛子イコール鷹の爪ではない。上のペヤングを食べていて、そう言えば僕はトウガラシのことを何も知らないなあと思い、読んだのが表題書だった。トウガラシに関する本は幾つか見つかったが、その中でも本書は最近に出版されたものの一つで、評価もなかなか良い。

本書は大きく二部から構成される。前半の第一部は基礎知識編。ヒトとトウガラシの関係の歴史やトウガラシの生物学的特徴、そして辛み成分の進化的考察や化学的側面が解説される。第二部は世界各地でどのようなトウガラシ品種がどのように使用されているかの紹介であり、主に料理の話である。世界中で広く使用されているトウガラシがアフリカ・ユーラシアに伝来したのは、精々たったの500年前に過ぎない。コロンブス以降なので当たり前の話ではあるが、その短い(?)歴史にもかかわらず、ブータンや中国の一部地域、韓国などでは今やトウガラシ無しの食文化が考えられない位に深く根付いている点が興味深い。トウガラシが普及している土地では、元々コショウやサンショウなどの香辛料が多く使われていたらしい。トウガラシの普及には別の要素もあるのだが、それは省く。

文化の伝播速度は一般的に陸路より海伝いの方が速く、日本にはかなり早い時期(鉄砲と同じ時期だったかな?)にトウガラシ伝来の第一波が来ていたらしい。伝来に関する記述が錯綜している(らしい)理由は、その後何度かに渡って伝えられたからだそうだ。韓国へは日本経由で伝わったという可能性も指摘される。その韓国に関して面白い話が一つ書いてあった。呼称は忘れてしまったが、コチュジャンに相当する調味料の記述がコロンブス以前に遡る。それを根拠に、アメリカ大陸からの伝来より以前に朝鮮には独自のトウガラシ種が存在したという論文が韓国人研究者によって発表された。ごく最近、2009年の話である。この一例を以ってどうこう言うつもりは無いが、その執心はさすがである。決して馬鹿にしているのではなく、感心しているのだ。

第二部は料理好きなら興味深く読めるだろうと思われるが、僕には第一部の方がより面白かった。例えばトウガラシの品種について。食品として使用されるトウガラシは大きく5種に分類される。そのうち2種は生物学的な理由から、主に南米のみで栽培される。高地でないと結実しないが霜に弱い、など生育条件が厳しいのだ。日本で現在栽培される40品種のほぼ全てはアニューム種。ハラペーニョなどもここに含まれる。なお、品種とは種内変異を選別固定したものの分類を指す。例としてイヌが分かりやすい。選別繁殖の結果、一見すると別種の様に多様であるが、全て同じ生物種である。トウガラシも同様に多様な特徴を持ちながら、たったの5種、中南米以外では3種、に含まれるというのだから驚く。

ハバネロやブート・ジョロキアなどの辛みが強烈な品種はキネンセ種に含まれ、同種は中南米やアジア・アフリカの熱帯で多く栽培される。以前僕はハラペーニョでえらい目にあったと書いた覚えがあるが、あれはハバネロのことであり、本書を読むまで僕はハラペーニョのことをハバネロの別言語名称だと思い込んでいた。外見や独特の臭いがするというハバネロの特徴は全て僕が食べた(食べるつもりだった)あの炒め物と合致する。思い出しただけで目の周りがスウスウしてきた。もう一つの代表種、フルッテンス種にはタイのプリック・キーヌーやタバスコ(「タバスコ」の原料)が含まれる。

さて、本書で最も面白かったのが以下の二点。一つ目は、同一の品種のなかでも、どうして辛みの強いものと弱いものがあるのか、という疑問に関する考察。シシトウの串焼きで稀に辛い奴に出くわすことがあるという、アレである。二つ目は、どうしてトウガラシ種が辛み成分(カプサイシノイド)を生成するに至ったかと言う進化的考察。当たり前だが余分なものにエネルギーを回すと生殖能力が落ちる。この点については相反しない二つの説があり、一方のキーワードは鳥と、齧歯類など植物食の小型哺乳類。他方のキーワードはカビ。これ以上は書かないので、詳細に興味がある人は本書を見ていただきたい。

辛い経験に対する補償行為としてか、飴の製造過程の動画を最近よく見ている。ドロドロの飴に色素や抹茶などを練り込む過程が気持ちいい。「飴」、「製造風景」と検索すれば色々出てくるので、お薦め。