香君(上巻)
面白い。まだ上巻を読み終わったところだけれど、読み過ぎて夜更かししないように気をつけなければならなかった。何がそんなに面白いと感じるのだろう。物語の設定と展開の見通しの良さ(良い意味で)、が真っ先に思い当たる。プロットが単純で展開が簡単に読める、という意味ではない。読者対象が(多分)小学生の高学年くらいからなのでそれなりに単純な世界観であるのは確かだけれども。
ここでの見通しの良さとは、物語が進むに従って一つ二つと水面下から浮かび上がってくる物語の鍵となる要素、それらが話が更に進むにつれて綺麗に繋がっていく様のことで、前向きと同時に後ろ向き(prospective)な視点である。世界を理解するための基礎的・前提的知識が少しづつ見えてくる、感じと言ったらいいか。澄んだ水を湛えた湖を想像して欲しい。最初は所々に点在する島々と湖岸しか見えていないが、ある程度は水を通して水中の様子や湖底が望める。水が引いていくにつれて全貌がより明らかになっていく。湖底の地形が比較的単純で水が比較的綺麗な「見通しの良さ」は良い子供向けの物語に多いように感じていて、本書もその点で見事なものだと思う。
物語の見通しの良さによって、読者はその世界の基礎がどうなっているのか、全体がどう繋がるか予測を立てることができ、新たな要素が出てきたり予想と違った展開になれば修正を迫られる。その過程が実に楽しい。著者は前作(『歯科の王』)から引き続き生物学(進化生態学?)の話題を物語世界の基礎として置いていて、その点でも予測が立て易くなっている。その基礎となる生物学(生態学)は前作と同様、極々当たり前の、誰もが見聞きしたことのある内容であると思う。
以下はまだ下巻が丸々残っているのでここで断言はできず、期待だけ。もし可能であれば最新の、いまだ海のものとも山のものとも判断が付かない仮説(今現在、僕自身は生態学にどんな突飛な新仮説があるのか知らない)や著者独自の理論が出てくると、折角のファンタジーであることだし嬉しい驚きになりそうである。