蛇鏡再読

ホラー話は好きなのだが、ホラー小説はあまり読まない。本当に面白いと思うものに当たったた試しがないからだ。「お勧めホラー小説」などを検索して有名なもの(名前は挙げない)から色々と読んでは見たが、どれも読書中はそれなりにゾクゾクしたものの、読了後に満足できたものがない。そんな中で、ちょっとだけ気に入ったものが三冊あって、小野不由美の『残穢(ざんえ)』、ディーン・クーンツの『ファントム』と表題作だ。

注意点が一つあって、ここで言う「ホラー」とは、現在の科学では解明できない、この世ならざる者が出てくるような話に限っている。もう一つの大きなサブジャンルであろう、人(の心理、行動)が怖い話は不快なものが多く感じるので殆ど読まない。だが小説的には話が書きやすそうなコチラに傑作があるような気もしている。因みに「そういうもの」に対する僕の思い入れは、「よくわからない。居たら(有ったら)いいなー」程度の希薄なものだ。科学的な教育を受けた人間なら完全な否定はできないと思う。否定するには其れなりの信念(信仰)が要る。

『ファントム』の面白い要素は単純で、町の住人の集団消失という異常事態に対し、読者は筋の通った解釈を迫られる。話が進んで新しい事態が出来すれば解釈の変更が必要になる。途中までは我々の常識内での解釈が辛うじて可能であるのだが、ある時点を境に、それが不可能であると分かる。この恐怖的推理が面白く、結末を知ると興が覚めるので、再読には向かない。『残穢(ざんえ)』は実のところ、原作より先に映画を観た。恐怖現象の根源に至る迄の追跡が面白く、何か所か挿入される視聴者を驚かせるためだけの演出は不要であったように思う。

で、表題作。中心的役割を担う或る道具の由来を辿ると、日本神話の出来事にまで遡る、根の深い恐怖(?執着というべきか)が趣深い。個人でどうこうできるものではない、まるで災害的恐怖であった。ただし、高評価を与えたのは約15年前の初読時である。つい先日、kindle unlimitedにこれが入っているのを見つけて再読したのだが、特に何を感じることも無く、サラッと読み終えた。三度目を読むことは無いだろう。

僕は小説でも映画でも、ネタバレを気にしない。それは話の結末を知る、知らないに関係なく途中まで面白いと思える作品こそが本当に面白いと思っているからだ。その点、先述の三冊を含めてホラー小説の殆どが失格となるのだが、途中までは実に楽しめる。つまり結末部分は蛇足なのである。読者の想像に任せなくてはいけない。結論を言えば、ホラーは最後まで読んではいけなかったのだ。結末(種明かし)が来る前に本を置くべきである。最後まで読むのは、何かの拍子に結末を知ってからでいい

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