魚にも自分がわかる
魚(ホンソメワケベラ)は自己認識できる、という仮説を立て、巧な実験で実証したというお話。鏡像自己認識できる動物としてはヒトを含む類人猿の大部分(テナガザルは除く?)、カササギ、カラス、ゾウ、バンドウイルカ、タコなどが以前から知られていて、類人猿やイルカは高い知性から不思議ではなかったが、カササギとタコは意外に思っていた(タコも賢いんだよ ー『タコの心身問題』、という話はもっと後年に知ったことである)。何せ犬でもできないと言われている(言われていた?)のである。或いは生活環境内に天然の鏡面(静止水面のこと)がふんだんに得られる場合なら、その能力が有ってもおかしくないか、等と思いもしたのだが、本書の指摘にもあるように、水中からの海水面は鏡面になり得ないのである。光源が水面より上にあるので。鏡面になるケースもあるのかな?
そもそもそれらの動物が鏡面自己認識できることをどうやって確認したかと言うと、顔に不自然なマークをつけ、鏡を覗かせて、鏡像ではなく自身の顔のその部分に手(鼻)を伸ばす、または何かに擦り付ける仕草などで判定したらしい。このテストで著者達のホンソメワケベラは他を圧倒するスコア(ほぼ100%)を出すのだが、それは著者達がこの魚に意味のあるマークを使ったからだった。多分(?)周知のように、ホンソメワケベラは他の魚類や仲間に付いた寄生虫を掃除する行動でよく知られていて、著者達は寄生虫によく似た茶色のマークを使ったのであった。寄生虫に見えない色の印、つまり魚に意味の無い印に変えると成績が激減したという。
この点が僕は本書を通して最大の発見だと思う。それまでの研究者達は何故か最初の研究、それはチンパンジーに施した赤のバツ印だったかな、を踏襲していて、その印がその生物に如何ほどの意味があるかを考慮していなかったという。そういう訳で、鏡像自己認識できる動物のリストは適切なマークを使うことで今後もっと増えるだろうと思われる。著者は鏡像自己認識(即ち自己認識能力)の獲得はそれぞれが独立に獲得した能力ではなく、脊椎動物の発生初期にまで遡る形質だろうと信念を持って語る。タコまで入れるならもっと以前かな?タコが地球で生まれたと仮定して。
この本に描かれたような生態学の実験は、やろうと思えば誰でもできるような内容であった。生態学においては、計算機パワーに任せて力技で結果を出せる他分野と異なり、何より適切に問いを立てるセンスと、それに対して現実的に答えを出せる実験法を計画する能力がより一層重要になるのだ、と門外漢の僕は思う。その為には教科書に書いてあるような定説と、教科書には書いていない無数の先行研究を知っておかなければならない。教科書に書いてあるような内容は知識のほんの表層に過ぎないということは、大学で勉強した者なら重々分かっていると思う。決して誰でもできる研究ではないのである。
他にも、ヒト以外に自己認識力を持つのはチンパンジーだけだという信念を持つ重鎮達とのやり取り、または蟠りも興味深いものだったのだが、長くなるので割愛する。
さて、僕は飼っているヒョウモントカゲモドキ(通称レオパ)を夜な夜なケージから連れ出し(出たがっていれば)、机の上で遊ばせている。何度か鏡を見せてみると、動くものが視野に入るので少しバタバタするものの直ぐに興味を失うようであった。嗅覚情報が伴わないからだろうか。どうもレオパには鏡像認識力がないように見える。でも、ヘビ達もそうなのだが奴らは此方を良く見ており、鏡像認識はできなくても何かしらのレベルの自己認識力は有るように思えるのだ。これは飼い主の欲目である。