フィールド言語学者、巣ごもる。

「そうそう」と共感することも「へえー」と教えられることも多いエッセーだった。本がいま手元に無くてうろ覚えになるが、多岐に渡るテーマの中から幾つか取り挙げると、例えば「日本語はこんなにも特殊だった」。日本語が言語学的に平凡な言語であることを書いた章である。僕は語学が趣味なので、youtubeでソレ系の動画が色々と一覧の上位に来ており、日本語が如何に特殊であるかを力説するものが少なくない。全てを見たわけではないが、その多くは大した根拠も無く、願望的に主張しているだけである。ただ、自分に纏わる事柄が特異である(特異であってほしい)という願望が世間に多いということは興味深い。僕だけが特異ではなかったのだ。

Youtubeに戻ると、日本語を上手に使える(僕よりもずっと流暢に喋れる人もいる)外国人の動画はなかなか面白い。彼ら(彼女ら)の意見では、日本語は音声的には簡単で、文法的な間違いを恐れずに喋るだけなら比較的簡単な方であり、読み書きは難しい、らしい。特に公式文書等のいわゆる硬い文章は難しいというのだが、それらは僕にしたって難しい。表題書では、どっか西洋の方の調査で、世界中の言語の特徴を要素ごとに統計したもの(「言語構造の地図」だったかな?)が引用されていた。統計量を取ると見えなくなるものは多いのだが、今は気にしないことにする。それに基づいて日本語の要素100項目が諸言語の中で如何いう位置づけか紹介されている。結論を言うと、日本語は大多数の項目に於いて主流派に入る平凡な言語である。

ただし、際立って特異な点が二つある。一つ目は日本語を母語として使用する人数(母語者数、でいいのかな?)。母語者数が一億人を超える言語は極めて少なく、日本語より多い母語者数を持つ言語は10もない。言うまでもなく、世界の凡そ50人に一人が使用する、大(平凡)言語である。二つ目は使用する文字の種類数。同文章内で三種類の文字を使う言語は日本語だけである。古代エジプトでもヒエログリフ、ヒエラティック、デモティックの3文字が有ると習ったが、用途や使用者に応じて使い分けられていて、混在することは無かったそうである。日本語で使われる文字は三種類あるというものの、平仮名やカタカナは漢字の変形なので、素人的に考えると実質的には一種類のような気がする。

お盆休みの何日間か、漫画喫茶に篭って漫画のアップデートをした。特に気になったのが「異世界転生もの」と言われる、多分ラノベが原作の漫画「群」。(因みに、今流行りの「クラスター」とは群れ・塊・集合という意味の一般用語である。疫学用語として急速に衆目を集めたので、変な風に意味が固定されなければいいのだが)。この分野自体は結構前からある様なので今更かもしれない。僕が知っている一番古いものは『竹取物語』。さてこの「異世界転生もの」、何種類かに類別でき、各類の内容は概ね共通しているようである。例えば現実世界(或いは元世界)でパッとしない生活を送る20代から中年の男が何かの拍子にファンタジー世界に生まれ変わり、元世界の知識や運よく備わった特殊な才能を駆使して活躍し、美少女達から慕われる、など。ここにも自分だけが特異な才能・能力の持ち主で在りたいという、そして女の子にもてたい(女性作家の場合は素敵な貴族にもてたい)という僕たち平凡な人間の願望が澱んでいて、中々に気持ち悪い。そう感じるのは、僕にも同様の願望が有るからだろう。しかし、ここまで同じような内容のものばかり出ていると逆に気になるもので、「今度はこう来たか」などと微妙な違いを楽しむのが癖になりつつある。タイトルの幾つかは今出ている巻の全てを読んでしまうほど楽しんだのだが、ここではこれ以上言わない。

表題書に戻ると他の話題では、ハリーポッターの主要人物名の各国語訳を考察している。ご存じのようにハリーポッターは各国語版が出ており、表題書の著者は53か国語版を第一巻のみ集めているそうである。例えば「例のあの人」(you-know-who のこと) の翻訳名には各言語の特徴が反映されていて面白い。第二人称に敬称(例えばドイツ語のSie、フランス語のVous)を持つ言語であればそれを使うか否か、字義どおりに翻訳するかニュアンスを汲み取った表現を採用するか、などなど。しかし、53か国語(これは少なくても、の値なので、実際はもっと有るだろう)で出ているというのに魂消た。20年ほど前のある有名なミステリーに於いて、ある「世界的ベストセラー」が暗に言及された際に、「まさかあのハリーポッターが?」と冗談として用いられるのも納得できる。因みにそのベストセラーとは聖書のことである。

Audibleでは “The Beak of The Finch”(日本語訳『フィンチの嘴』)を聴き始めた。読み手が上手く、とても聴きやすい。日本語訳は学生時代、僕が真面目に生態学を勉強したころに一度読んでいる。日々進歩している科学分野では古い本と言えるが、生態学の一般向け読み物で僕が最も面白いと思う本で、「進化」とは何なのか知りたい人には強くお勧めしたい。「進化の途上」的な言葉を時折耳にするが、この言葉をもし生物進化の文脈で用いるなら、その人は進化か日本語を良く理解していないと言えそうである。「途上」の代わりに「過程」と言うなら問題ない。