アウグストゥス

SF小説『三体』著者の短編集が出ると某書評サイトで見て書店に行くと、配給が遅れているようで見つからなかった。タイトルの『円』にもなっている短編は、何処で読んだかもう忘れてしまったが秦の始皇帝の命により、人間の集団で構成したコンピューターを使って円周率を計算する話、は中々面白い作品だった。仕方なくSF棚を眺めて興味を惹かれたのが下に載せる『ダリア・ミッチェル博士の発見と異変 世界から数十億人が消えた日』。中々凝った表紙である。鏡像文字で書かれたレオナルド・ダ・ヴィンチの手記は、初めて見た時に知っている言葉として認識できなかった、という話を何度か読んだことがあったが(例えば『ダ・ヴィンチ・コード』)、漢字と仮名文字は普通に困難なく読めてしまうようである。それぞれを一塊として認識するからだろうか。暫くの間、僕はこれが鏡像になっていることに気が付かなかった。

内容の方は、天文学者ダリア・ミッチェル博士が電波望遠鏡で宇宙深部からのある電波を受信して以降、博士を含む一部の人たちに変異(例えば重力波を感知できる、など)が起き、遂には人類の約30%が忽然と消えた事件が起こった(未来のことを過去形で話すのも変なのだが)。2023年の出来事であった。『幼年期の終わり』や映画『コンタクト』が大好きな僕にとってこの類のテーマは大好物なのである。この事件をとある記者が追跡し、関係者たちから採取したインタビューや会話記録、手記などを時系列順に組み合わせて構成した、という体のドキュメンタリー風SFである。詳細は書かないが、もう少しホラー要素が欲しかった。

このスタイルの小説でより面白かった、というよりも今年読んだ小説で最も良かったのが表題の『アウグストゥス』。こちらもアウグストゥス周辺の人物の手記や書簡など、文章記録をそれらが言及する出来事の時系列順に組み合わせてアウグストゥスの人物像を多角的に浮かび上がらせる。第三者、即ち著者の視点が入らないと言う点ではより徹底していて、終始当事者たちの視点からのみ語られる(という体である)。これらの文章記録は恐らく著者の創作だろうと思うが、現存する書物などから無理なく構成(捏造)されているのではないだろうか。驚くのは数項毎に視点も話題も交代するこのモザイクの様な小説がごく自然に読めるという点。アウグストゥスの性格や功績だけではなく、キケロ、アグリッパ(アウグストゥスの友で第一の将軍)、ホラティウス、ウェルギリウス、オウィディウス(この三人は同時代の詩人)、マルクス・アントニウス、オクタウィア(姉、アントニウスの元配偶者)、ユリア(アウグストゥスの娘)などなど、登場人物を挙げればキリがないのでこの辺で切り上げるが、彼らの人物像や相互間の関係に思惑や感情までもが自然と浮かび上がる、或いは憶測できる、とても密度の濃い小説なのだ。

少しだけ注意を促しておくと、此処に描かれる人物像は著者の創作である。司馬遼太郎の『竜馬がゆく』を読んで実際の坂本龍馬があのような人物だったと思う人は流石に居ないと思う。本書の思慮深く、ある意味計算高いアウグストゥス像も同様に鵜呑みにはできない。しかし、興味を持つ切っ掛けとしては司馬小説と同様にこの上ない。彼らのことをもう少し知りたくなって、『ローマ人の物語VI パクス・ロマーナ』キンドル版を購入した。僕も含めて一般の日本人は古代地中海文明、ギリシャ・ローマなどを含めて、の歴史に余り知識が無い(と思う)ので、その辺りの文明版司馬遼太郎的な小説家が誰か出てくると嬉しいのだがなあ。

注意のもう一点。読めば直ぐに察しが付くことではあるが、本書に出てくる「オクタウィウス」とは歴史の教科書などで出てくる「オクタヴィアヌス(アウグストゥスというのは尊称)」のことである。先ず、ラテン語では英語のvが表わす「ヴ」という音は無い(下唇を噛んで出すあの音のこと)。ラテン語でVの文字は英語のWと同じく、「ウ」と仮名表記するのがより正しい。次に、「オクタウィアヌス」とは「オクタウィウスだった者」という意味で、後世の歴史家が使う名称である。