反穀物の人類史

少し面白かったので紹介したい。政治学者である著者は大著『ゾミア ― 脱国家の世界史』でインドシナ半島内陸部に住む、特定の国家に支配されない「野蛮人」達に注目し、我々の文明観・歴史観を見直す。彼らは文明から取り残された「未開人」では決してなく、国家の支配と集約的労働から意図的に逃れた人々なのである。国家の支配の及ばない辺境には非国家民が住む。現代では少数派になった彼らを国家側は未開人、或いは文明に対立する「野蛮人」と見なし、実際は多様な彼らを一括して何々人 (例えば匈奴、フン、アムル人) などと呼んできた。そして彼らに多彩な文化・歴史的背景が有ることを僕たちはあまり知らない。「歴史」は常に国家民、農耕民、「文明人」の側から書かれ、そして勝者によって不都合な記述は焼かれてきた。『書物の破壊の世界史』によれば書物の紛失の60%は何らかの故意の破壊である(まだ読み終っていないが、いずれ紹介したい)。現在僕たちが読み習う「歴史」はそういうものであることを認識しておく必要がある。

人類の歴史について大雑把に纏めておくと、解剖学的にみる現代人の登場は紀元前20万年に遡る。紀元前6万年前にホモ・サピエンスがアフリカから拡散し、紀元前約1万2千年前には定住していた断片的な証拠がある。紀元前9千年前には作物化植物と家畜の断片的な証拠があり、紀元前8千年から6千年の間に主要な「基礎作物」栽培の証拠がある。永続的な町は紀元前6千年頃には存在し、植え付け作物と家畜に主として依存する農耕村落の最初の証拠は紀元前5千年前である。紀元前3200年前に記録のための楔形文字、紀元前3100年前に城壁を有する最初の前駆的国家の証拠があり、そのあとは色々と有って現代に至る。書き遅れたが人類を最も特徴付ける「火の使用」は少なくとも40万年以上前である。文字で書き連ねるよりも本書の図1(p.4)を見た方が分かりやすい。

ここで分かることが二点ある。一点目は定住(紀元前1万2千年前)から作物と家畜へ部分的依存(紀元前9千年前)まで約3千年の差があること。家畜と農作物への大きな依存(紀元前5千年前)までは7千年の開きがある。僕は何となく(学校でそう習ったからかもしれない)、農耕技術を以って定住するようになったと思っていたが、人類史的にはどうやら順序が逆らしい。これらの証拠が見つかるメソポタミアは当時は生物の多様性に富む広大な湿地帯であったので、狩猟採集に依存する定住が可能だった。植物の意図的な栽培はある種の保険として発生する。

二点目は定住(紀元前1万2千年前)から町への集住(紀元前6千年)や国家の形成(紀元前3100年前)まで随分と時間が必要だったこと。ここで「町」とは或る程度の人口の定住地、「国家」とは税制と分業から成り立つ社会制度のことである。僕たちは国家の側から「歴史」を見ているので、定住から町や国家の形成の流れを安定した、前進的な推移のように思い込んでいるが ( まるで生物進化に関する一般的な誤解のようである )、実際はそうではない。集中的な定住は不安定な状態なのである。人口の密集は疫病や、伐採など環境改変による自然災害を引き起こすので、その度に町や国家は崩壊した。此処では省く幾つもの要因により、洪水伝説が各地に伝わるのは決して偶然ではない。人類の歴史の中で安定した国家が形成され、存続した例は時間的にも地域的にも実に限られている。「歴史」はそういう国家を中心に書かれてきたので、それが人類の有り方の常態であると誤解しがちである。

「国家」の成立に関しては、さらに税制の基盤となる「通貨」の普及が不可欠であった。それが「4大穀物」である。これらは保存が利き、細分して計量でき、国家に不可欠なもう一つの要素、マンパワー、を支えるエネルギー源となる点で共通する。これらの集中的な栽培が人類を「奴隷化」し、環境の更なる不安定さを生む。この点はユヴァル・ノア・ハラリがその著書『サピエンス』で同様のことを書いていた。地域的に形成される国家の周辺には「野蛮人」の「王国」があり、国家が崩壊するたびに、或いは国家の支配 ( 言い換えれば穀物の支配 ) から逃れる為に「文明人」(国家民)は「野蛮人」に吸収されてきた。万里の長城やハドリアヌスの長城など、文明の辺境を区切る防壁は「野蛮人」の侵入を妨げると同時に、「文明人」の逃亡を防ぐ役割も担った。

人類史を海に例えるなら、人の活動は水の流れである。僕たちには可視光の届くその表層しか見えていない。本書、そして本書に挙げられる多数の参考文献は深海の様子を部分的に照らし出してくれる潜水艇の様なものであろう。以下蛇足になるが、僕は以前これのAudible版を聴いていた。但し、情報が密で学者らしく引用元にも言及する書き方、かつ僕にとって比較的馴染みのない話題なので、歩きながら聴いて理解するのが難しく、途中で放り出した。耳読書向きとは言えない。今回は日本語翻訳版を読んでの感想になる。しかし何だろう、人類の有り様が蝗と重なって見えてしまう。

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