映画を早送りで観る人たち
最近聴いていたAudibleが “Faster: The Obsession, Science and Luck Behind the World’s Fastest Cyclists”、イギリスでトップクラスのタイムトライアル選手だった著者が自身の自転車競技経験とパフォーマンス向上の研究成果などを書いたもので、ちょっと興味深い内容だった。著者はウィキペディアにも載るような選手で、僕が名前を聞いてもピンと来なかったのはロードレース(観戦の方)に興味を持ったのがここ10年くらいの間だからである。彼より7・8歳年下にあのカンチェラーラや同じくイギリス人のウィギンスがいて、彼は接する機会の多かったウィギンスには、数値的なパフォーマンスで決して敵わなかったことを認めている(正しく聴き取れていれば)。ウィギンスはトレーナーの要求する理想値(或いは理想的なトレーニング量)の95%を達成するような選手であったそうだ。
タイムトライアル競技は技術的な敷居が低い分、それだけ肉体的なスペックがそのまま結果として出やすい。肉体的スペックとは例えばVO2max( 最大酸素摂取量 ) とか出力(ワット数、仕事率)の値を指す。これらの数値を上げる秘訣を選手が知る必要は無い。生半可に知識があってもオーバーワークなどの心理的トラップや間違った栄養摂取などから数値を下げる結果に陥りやすく、トップレベルの選手が数値をピーク(このピークは多分遺伝的に到達可能なポテンシャル)に上げていく作業は外部の目であるトレーナーとの共同作業となる。トレーナーが十分優秀であれば選手はただ指示に従うだけでよく、実際選手の多くはトレーニング内容の意図を把握していない。「彼ら(トレーナー)が知っているので問題ない」のである。この競技では選手の肉体も機材の一部のようなものである。ちなみに、著者がプロのサイクリストとして活躍した時期はドーピングが蔓延した時期と重なっており、「完全にクリーン」だったと主張する著者は、適切な栄養摂取(野菜が多かったと思う)がドーピングに対抗するためには何より重要であることを断言している。
さて、付属的な本題。一週間ほど前に少し興味を引かれて表題書を購入したものの、少しも読んでおらず、目次すら見ていないので何が書いてあるのかまるで分からない。それでも感想?を書く。アマゾンプライムやネットフリックスなどネットで見放題のサービスが普及して、大量にある作品を一つ一つ丁寧に見る時間はないけれどあらすじ程度は知っておきたい人・ケースが増えた、というのは誰もが思い当たることなので、これだけでは本になる理由がない。帯に書いてある「観る前にネタバレをチェック」というのも、近年娯楽が種類・量共に増えて時間の逼迫感が増したので、予め自分の趣味に合う内容かどうかを確かてめ時間を無駄にするリスクを減らしたいという心理が働いた、というのでは当たり前過ぎる。もう少し深い部分に踏み込んだ、違った角度からの視点があるのだろうと思う。
僕自身も情報が全くない作品の場合はどんな内容かネタバレを読む事があって、その理由は上でも述べた趣味に合うかどうかの確認である。僕は気に入った作品は何度も繰り返し観るのが好きで、多分一度得た快楽パターンを追求しやすい性格なのだろうと思う。誰しも頭の中に好きな場面展開や音楽などの類型をいくつも持っていて、そのどれかにマッチするか確かめたいのである。この類の人にとって、ネタを知っていることは作品を楽しめるかどうかにそれほど影響しない(僕一人の例なのでアレですが)。そもそも映画を早送りや飛ばし観する事自体が心ここに在らず状態(思い返してほしい、十中八九何か他のことを考えているはずである)で娯楽行為としては満足度が非常に薄く、無駄の極地である。内容が少々アレでも映画館で観ると満足度が高いのはマインドのフルネス度合いがまるで違うからである。
ここまで書いてきて、僕は小説をよく飛ばし読みしているのを思い出した。これは物語に余り没入しておらず、かつ飛ばしても内容が分かる場合に限るので、本の購入費とそこまで読んできた時間というコストを無駄にしたくない、この先も時間を余り掛けたくないというセコイ心理がやっぱりあるのかもしれない。