スピノザ―読む人の肖像

もの凄く面白かった。本書は出版された2022年末に即座に購入したものの、漸く今になって読んだのは、『エチカ』を最近読み終えたから。その『エチカ』の記述様式は独特で、僕たちが明瞭に確かであると見なすことができる幾つかの概念を定義として与え、それらから派生するアイデアを定理と証明によって拡張していく。デカルトの哲学方針が結果から原因へと至る「分析的方法」であったのに対し、スピノザは原因から結果を説明する「総合的方法」を執り、神や感情、自由の本質を明らかにする。

実をいうと『エチカ』は理解しづらかった。その大きな理由の一つは用語に対する認識のズレだということは読み始めて直ぐに気が付く。既存のものとは異なる概念を説明する際には既存の言葉を活用せざるを得ない。これこれこういう意味で使用するという断り書きは定義や解説部分に与えられてはいるものの、お世辞にも注意深いとは言えない読者においては言葉の認識が常に慣習的な用法へとひっぱられ、認識のズレが積み重なって、結局何が書いてあるんだ、と主張を見失う。表題書は分からない部分(大部分)の答え合わせのつもりで読んだのだった。

本書が『エチカ』理解のガイダンスになることは間違いないが、それ以上にスピノザへの興味を掻き立てる内容である。著作の読解部分は決して平易とは言えず、新書にしては分厚い分量(約400ページ)とあって中々気軽に手を出し難い本である。が、読後にはスピノザの著作が読みたくなってくる、そんな刺激性がある。一寸だけスピノザについて興味を惹くかもしれないことを付け加えておくと、彼の哲学は自然科学と親和的である。またスーフィズムや老荘思想に通じる部分がある(と思う)。アインシュタインはスピノザの神なら信じられると言ったのは有名な話(と以前どこかで聞いた)。この独特な思想のせいでユダヤのコミュニティから追放され、カトリック教会からも破門を受け、生前は著作の殆どを出版することが叶わなかった。

『エチカ』は岩波書店のスピノザ全集版で読んだ。この版の売りは2010年にヴァチカン図書館で発見されたより原著に近い写本を基にしているという話だが、表題書に寄れば旧来版との相違点は殆どないらしい。定評ある岩波文庫版の方も忘れないうちに読んでおきたい。

スピノザ全集の本命は公式サイトに今春の出版と書いてある『知性改善論 政治論 ヘブライ語文法綱要』。特に『ヘブライ語文法綱要』は哲学者が書いた文法書というだけでも稀有であり、その上スピノザの思想が(これも表題書によると)随所に伺える作品であるらしい。未だ出る気配がなく、代わりに「100分で名著」でも紹介されたと聞いた、或る有名な本を読むことにする。これは若い頃に一度読んでみようとして、冒頭近くで中断してしまった作品である。これの感想は一月くらい後に。

もう2冊読んだものが有るのだが、長くなったので分割する。