希少言語

近況から。6月から格闘技系ジムに通っていると前に書いたが、先日サーキットトレーニング(ローイング、サイクリング、ラン、ロープ叩きつけ?、などを時間毎に回る)のクラスで頑張り過ぎてふくらはぎを吊り、三日経った今日もまだその個所から痛みが取れない。気にせずにその後も動き続けたのが良くなかったのかもしれない。最近急に暑くなったし。

細々と続けているラテン語の方は漸く一年が経過し、『ラテン語を読む キケロ―「スキーピオーの夢」』をやっと読み終えた。なんというか、不思議な話である。小スキピオ(第三次ポエニ戦争でローマ軍を指揮、カルタゴを壊滅させた)の夢に義祖父である大スキピオ(第二次ポエニ戦争の英雄)が現れ、二人して上空から足元に地球を眺めつつ祖国愛を語るという内容。この当時に地球は球体であるという認識が一般的であったことにまず驚く。その周りを太陽や他惑星、星々が回転する地球中心の宇宙観ではあるが、それ自体は間違いではない。遥か上方に立つ彼ら二人の視点からは、ローマから遠方の人は斜めや横に立ち、地球の反対側に居る人は逆さに立つのが見えていて、正しいのだけれど何となく微笑ましく感じたのは、地球を一望できる視野に人の立ち姿も見て取るスケール間のちぐはぐさの所為である。問題のラテン語の方はと言うと、推敲を重ねた書き言葉だけあって僕には所々複雑過ぎ、語彙単位の解説があるのに十分理解できない箇所が幾つかあった。そういう個所は日本語訳を読んでも何が言いたいのかすっきりとしない。日本語にし難い表現方法・言い回しなのだろう。

次に読む本として『ラテン語文選』と『対訳 カエサル『ガリア戦記』第一巻』を既に準備しており、先に挑戦するのは文章が素直と聞いている『ガリア戦記』だろうか。感想は機会があればまた。

上に載せた『ラテン語とギリシャ語』は最近寝床で読んでいる内の一冊で、ほかにも楽しい本(例えば『フリースタイル言語学』とか、『噓の木』とか)を用意しているけれど、真っ先に手に取ってそのまま寝入るまで読んでいることも多いのが本書である。ラテン語とギリシャ語の文法を比較しつつあれこれと解説しただけの本(教科書ではない)で、通常なら読んでも楽しくないはずなのだが、多分いま僕がそういうモードなのだろう。逆に楽しいエッセイなどは頭に入ってこない。ギリシャ語の方は時間があるときにチョコチョコと教科書を捲っているが、やはりラテン語よりもう一段、ひょっとしたら二段ほど難しく感じる。アクセントの位置や語尾変化がラテン語ほど規則的でなく、何より語彙自体に馴染みが無く口に出して読みづらい点が最大の障壁である。

さて表題書。書く時間がもう無くなり、その内に追記するかもしれないが、これは最高のトイレ本である。うちでは今、『古今和歌集』と並べて置いている。追記で一点だけ。あの北センチネル島の言語も取り上げられていたが、正体は不明とあった。住民は数万年前にアフリカから移住して来て、ここ数千年のあいだは他の島や大陸と交流しておらず、周辺言語とはまるで異なるだろうと推測されている。現在インド政府が島への干渉を禁止していているのは、数千年間孤立してきた島民を病原菌やウイルスから保護するためであるらしい。それにしても、この現代において今だに前歴史文化がポツリと残っていることを考えると、グッとくる。トイレで得られるロマンとしては最上のものだろう。ウィキの記述もなかなか興味深く、布教しようと2018年に上陸した宣教師のことが書かれている。彼はダーウィン賞を受賞した。