くさい食べもの大全

次回読書会のテーマは「料理」。その対象候補として読んだのが本書で、発酵食品を多く取り扱っている。発酵・発酵食品はもちろん料理。著者の小泉武夫は発酵学の専門家であり、『発酵―ミクロの巨人たちの神秘』や『醤油・味噌・酢はすごい – 三大発酵調味料と日本人』は大変面白いのでお薦めである。『不味い!』や『奇食珍食』等の軽いエッセーも僕は好きで、食べ物を扱っていながら、読んでいてお腹は減ってこない。唾は湧かないが好奇心は湧く。

美味いという人もいるのに食べられないものが有ると、指先に「さかむけ」ができたような居心地の悪さを感じるものである。僕はブルーチーズ系の臭いが苦手であった。数年ほど前になるが、普段は決してやらないような、少し変わったことが突如したくなり、デパート地下のチーズ売り場(専門の出店)に出掛けた。臭いチーズを探していると言うと、チーズ専門家らしき販売員は嬉しそうに様々なチーズの試食を勧めてくれ、中でもキツイ臭いだなあと感じたブルーチーズ一塊を購入した。スティルトンやゴルゴンゾーラなどの有名な種類ではなく、名前は憶えていない。金額ももう覚えていないが、一塊で五千円以上(一万円はしなかった)だったと思う。輸入チーズは高価とはいえ、結構な量を購入したのだ。その日から一週間以上、多分2週間近くの間、夕食はバゲットとそのチーズになり、食べ終わる頃には臭いにも慣れ、結構おいしいと感じるようになった。好んで購入することは今でも無いが、半年に一度くらいは食べたくなる。何が言いたかったかというと、慣れた臭いは臭く感じないのである。

さて、本書では臭いの強い食品や料理を著者の経験を基に紹介したものである。「臭い度数」で臭さの著者評も付く。例えば度数2は「くさい。濃厚で芳醇なにおい」、度数4なら「仰け反るほどくさい」、度数5では「失神するほどくさい」となる。この類の話で必ず登場するシュールストレミング、ホンオ・フェ、キビヤック、くさやは5超にランク付けされる別格である。くさや(の漬け汁)が誕生する経緯などが書いてあって興味深い。別の本になるが、著者が腐敗したサバとシュールストレミングを学生に嗅がせ、どちらかを食べないといけないとしたらどちらを選ぶかを臭いのみから選択させると、全員がシュールストレミングを選んだそうだ。どれほど臭くても、発酵臭には本能的に危険を感じないのだろう。

意外なところでは、糸引き納豆(いわゆる普通の納豆)が度数4,ギョウジャニンニクが度数5超、ダイコンが度数3とランク付けされる。ギョウジャニンニクは遥か昔、知床半島の先端の方、人が足を踏み入れることが殆ど無い様な所でキャンプした際に山ほど収穫して食べたのだが、臭いと感じた記憶が無く、育成場所によって臭いが異なるのかもしれない。ダイコンはちょっと分からない。納豆に関しては、色んなメーカーのものを毎日のように食べているが臭いは殆ど感じないのになあ、と思っていてふと思い出したことがある。何の本で読んだのかもう忘れたのだが、最近の納豆には臭いを出さない納豆菌が使われているらしいのだった。そういえば昔の納豆はアンモニア臭がもっと強かったように思う。しかし、臭いを意識しないのはやはり好きだからであろう。このように本書の臭さ評価で納得のいかないものは多々あるが、これは著者の主観評なのでしょうがない。

本書に紹介される興味深い食べ物を一つ一つ取り上げると切りが無いので、一つだけ紹介する。中国の広西省、ダーヤオシャン周辺に住むヤオ族は様々な野生動物や野鳥の肉で熟鮓を作るそうだが、その一バリエーションとして登場したのが「カエル・トカゲの熟鮓」。その名の通り、カエルやトカゲの肉を並べ、米の粉と塩を乗せ、これを積み重ねて発酵させる。熟鮓なので「猛烈にくさい」のは当たり前として、カエル・トカゲの肉は総じて淡泊であり、味に字面ほどのインパクトは無いらしい。臭さ度数は他の熟鮓と同様の4。

本書は通読するような読み物ではなくて、事典に近い。パラパラと捲るくらいが丁度良く、僕のトイレ文庫とするのに相応しい内容である。話題に広がりが無いので読書会に持って行くかは分からない。それに、紹介もここでもう済ませてしまった。言い忘れていたが、ブルーチーズ類の臭さ度数は4から5であった。