中国語は楽しい 華語から世界を眺める

語学に関する読み物は僕の好物である。その中でも新書なら『はじめてのロシア語』・『はじめてのスペイン語』(講談社現代新書)と『ラテン語の世界』(中公新書)は特に気に入っていて、その言語文化の周辺知識を知るのにお薦めである。表題書も中国語の周辺を幅広く取り扱った良書であった。

僕は中国語の学習が結構好きである。まず漢字を使う点で日本人なら気楽に取り組める。更に文法で頭を悩ます心配がなく、発音が気持ち良い。最後の要素が僕にはとても重要で、本書のような中国語関連の読み物を読みながら、或いは中国語学習のyoutube動画を観ながらモゴモゴと口ずさむのが好きなので、通続的な学習はしないものの時折思い出したように回帰している。

中国語の文法事項については僕はキチンとしたテキストを読んでおらず、用例などから何となくこうだろうと推測しているに過ぎないので、本書の第一章「十億人も話せる理由ー合理的な文法構造」は大変役に立った。概ね想像した通りだったが、ハッキリこうだと説明されるとやはり安心する。単語が活用せず、「てにをは」も持たない中国語はS+V+O+V+O+・・・と、動詞と目的語を時系列に沿って、起こる(起こった)順番に連ねるだけで文の内容を連動させることができる。つまり、書かれた順に(発言された順に)前へ前へと理解していけば良い。単純明快である。

本書の大半、後半約三分の二は中国語の「共通語」と「華語」の成立経緯と現状の話になる。いわゆる「中国語」には今でも十大方言があり、呉方言(上海語)、粤方言(広東語)や閩方言(福建語)などと分類される。これらは文法、語彙、発音などあらゆる意味で互いに隔たっていて、別言語と言っても良いくらいに異なるらしい。その相違はロマンス諸語間(フランス語、スペイン語など)の隔たりよりも大きいと言う。

以下、理解が曖昧なので前もって断っておく。中華王朝では古くから科挙制度によって各地より人材を中央に登用したため、政官界でのコミュニケーションの為に共通語が必要であった。これを「官話」と言う。官話も4つほどの方言に分かれるのだが、その中の華北東北方言(北京官話)を基にして制定されたのが「普(あまね)く通る」言語、「普通話」である。後に「簡体字」の整備と「ピンイン」の採用が法律で制定され、各民族にも学習を推奨し、中華人民共和国の「公用語」とされた。対外的には「漢語」(ハンユウ、簡体字が出なかった)と呼称されるが、通常は普通話と同意である。「中国の言語」ということに重点が置かれる場合や書き言葉を強調する際には「中文」とも言われる。こう言っていいか分からないが、日本語の「標準語」と同じく、人工的に整備された言葉である。さらに、英語で時折見かける「マンダリン」とは、16世紀に渡来したイエズス会士が使用し始めた用語で、「中国官僚の共通語」を意味する。シンガポールの公用語の英名でもある。実にややこしい。

それでは「華語」とは何か。劉邦による漢王朝成立以前、後に「漢族」と自称することとなる民族集団は、自身達のことを指して「華夏」と呼称していたらしい。その「華」文明の継承者として、「中国」籍から外れた海外移住者の「華人」が自身達の使用する言語を指す呼称であり、その実態は「普通話」と殆ど変わらない。が、敢えて中国語という用語を使わない陰には、自分たちは「中国」人ではないというアイデンティティーの主張が汲み取れる。

台湾の事情は少し複雑になる。元々の原住民はオーストロネシア系民族で、約六千年前に福建省辺りから台湾へ渡ったとされる。台湾東部の鉄道では彼らの言語の最大勢力であるアミ語でも車内アナウンスが流れるらしい。そこへ17世紀から20世紀にかけて福建省から(少し遅れて広東省から)移住民が流れ込んだ。彼らの「方言」は「台湾語」と呼ばれ(広東からの方言は「客家語」と呼ばれる)、「普通話」からすれば外国語に等しい隔たりがある。そこへ第二次世界大戦後、日本から中華民国へ返還された際に中国から「国語」が導入される。「国語」は普通話とほとんど同じだが、「簡体字化」は未だなされていない。この「国語」と「普通話」は共に「北京官話」を基にしていて、その差異はイギリス英語とアメリカ英語の差よりも小さいらしい。「国語」は近年は「華語」とも呼ばれる。

この「国語」=「華語」は台湾の公式な標準語ではあるものの、台湾住民の7割が母語とするのは台湾語である。「台湾語」が公用語にならない理由は、書き言葉としての漢字と音との対応が6割程度しかついていなかったからだそうだ。著者によると、書き言葉が無い言語では思考を深めることができないのだ。近年(2000年代)では表記を古典文献より拝借したりしてかなりの対応が付き、「雅な」印象を受ける言葉になっていると言う。「華語」と「台湾語」が歩み寄っり混じった結果が、書店などで最近頻繁に目にする「台湾華語」であろう。以前から気になっていたのだった。

もう一回断っておくと、ここに書いた事柄の実態は(僕にとっては)大変ややこしく、いい加減に読んだ僕は大いに読み違えて理解している可能性を否定しきれない。断り書きまでややこしく書いてしまった。実際の詳細を知りたい場合は本書を直接に読んで頂きたい。中国語は楽しくて、ややこしい。