現代思想入門
先ずはダラダラと、前回書いた事の補足から。冒頭に少しコメントした”First Steps”、『人類の起源』と重なる内容が多いと言うような事を書いたが、それは前半では主にヒトの二足歩行の解剖学的な発達過程や他動物との比較などが取り扱われていたからだった。後半は生理学的側面や全身体的な影響が話題に上る。何のことかと大雑把に言えば、散歩は健康に良いですよ、ということである。歩くことで記憶力が向上し、精神が安定し、1日平均どれそれの時間歩く人はあまり歩かない人と比べて平均としてコレコレ年程度長生きする、などなど。因果関係はひょっとしたら逆かも知れないと思わないでもない。「二足歩行はコントロールされた落下である」という気の利いた表現については、聴き直してみると冒頭の数分にいきなり出てきた。著者オリジナルの洞察ではなく研究者に広く共有された見解であるらしく、出元はチャペック(カレル? 聴き逃してしまったのでまた曖昧です)だそうだ。「落下」のくだりを聴けたことで満足し、今は評判の高かった”Complexity: The Emerging Science at the Edge of Order and Chaos” を聴き始めた。複雑系とカオスの話である。これに関する僕の知識はジェイムズ・グリックの『カオス―新しい科学をつくる』やプリゴジンの『混沌からの秩序』、『複雑性の探究』、『散逸構造』などの古い本を読んで知ったことばかりなので、ちょっと楽しみである。先程の連休中に帰省した際、学生時代に買って溜め込んでいた本を売り払ったのだが、上に挙げたプリゴジンの三冊は処分できずに残してある。『散逸構造』などは難しくてちゃんと読んだ覚えは無いし、もう読むことも無いのだろうけれども。
僕は何かを誰かに教授できるほど纏って、思いのまま応用できる程に消化しきった知識が無いので、そんな未熟な自分より若い人の書いた本を読むのに少し抵抗を感じてきたのだが、四十を超えるとそうも言ってられなくなった。面白いものの多くは同世代かそれ以下から来る事が多いのである。ある人が20歳前後で成した仕事を後世の大人たちが何十年もかけて研究する事だってある。僕が最近よく読む異世界転生モノの漫画(多くは多分ラノベが原作)だって、相当若い人が書いている筈である。定型的な表現と展開に未熟さ・没個性を感じることも多いのだけれど。そんな中で最近気に入って一気読みしたのが『蜘蛛ですが、なにか?』。女子高生が蜘蛛に転生して弱肉強食の世界で成長するお話で、人が殆ど出てこないのが(この方面に疎いので)新鮮である(主人公の蜘蛛は外見以外はヒトのようなものだが)。個人的な感想では途中から急激につまらなくなるので要注意。
さて、ようやく表題書。何だかダラダラと長くなってしまったので手短に書くと、著者は僕と同世代の若手(?)哲学研究者であり、現代思想に関する知識量と消化度は、何か数字をゼロで割ることが定義されていないのと同様の意味で僕とは比較にならない。デカルトやカントの著作はそこそこ(本当にそこそこ程度)理解できても、ずっと最近の哲学者、例えばデリダやドゥルーズ等、が書いたものは暗号のようでさっぱり理解できない。それは先ず彼らを理解するための前提知識に欠けるからだろうと薄々思っていたのだが、そのことを本書ははっきりと示してくれるので少し安心できる。この点も数学と同様で、数学というのは基礎から定理を積み上げて論理体系を拡張していく学問である(より簡単・分かりやすいものからより複雑なもの・人の感性から隔たったものへと)。頭の良い人は過程をある程度すっ飛ばせるようだけれど。その上で著者は、難解な現代思想を代表する哲学者たちの考えの要点を系統立て、知識ゼロの人にも分かるような言葉で説明してくれる。まだ若い(?)のに大したものである。今年最も感心した本の一つであった。実のところまだ読み終わっておらず、今はやっとラカンとルジャンドルの箇所。
ドゥルーズとラカンの思想は特に面白く、著者の言葉を借りて個別に紹介したいところではあるが、それはまた別の機会に。なお、冒頭に複雑系の話(著作名を出しただけ)をしたのには訳がある。気になる人は本書を見て頂きたい。