裏切り者の中国史

タイトルは何だったか、読みたかった本が出版されるまでの場繋ぎとして読み始めた本書だが、分量がそれ程なく、尚且つ軽く読めるため、結局その本命が出た後も優先して先に読んでしまった。主要登場人物は春秋時代の伍子胥から清初期の呉三桂までの十人前後(数え方次第)。前後の時代背景も解説されるので、これ一冊で明滅亡までの中国史をお浚いできた気分になった。特に三国時代末期の司馬懿以降、隋が台頭するまでの流れは知らないことが多く(この時代を取り扱う小説も見たことがないし)、勉強になる。

漢人という言葉には、中国の主要部分を歴史上の長きに渡って占めてきた民族?の大主流派であるという認識が、少なくとも僕においては強くある。こうして改めて中国史を一覧してみると、その漢人が支配層となった統一王朝は少なく(漢以降は宋と明くらい?)、異民族に支配され続けた歴史であったことが良く分かる。中国文化について漢人が誇ってきた中華思想というプライドは、その感情の根元にこの歴史のトラウマが居座っているんじゃないかなあと、ふと思った。

中国人が最も嫌う歴史上人物の一人である秦檜(と聞いたことがある)も、漢人王朝である宋のプライドを金(だっけ?)に売り飛ばしたからこそ、夫婦の像に唾棄されるほどに憎まれるのかもしれない。もちろんその感情には、日本人が家康と聞いて思い描くような事後的に形成された固定観念、日本人にとっての司馬史観のようなもの、が多重に乗っかっている筈である。本書のサラリとした記述からは、秦檜は金の脅威を一時的に取り除いた功臣、とも読めなくもない。無理があるかな?

語学書で現在最も気に入っているのが『現代イタリア文法』。やっと半分ほど読み進めたのでここで挙げておきたい。記述内容はかなり詳細で、現代イタリア語では殆ど使われることがないとされる用法なども解説される。字も細かく、情報密度が高いので全てを覚えるのは無理。本来は文法事項で困った際の参考書として使うのが適切なんだろうけど、なぜか読み進めてしまうという本である。なお、最初の一冊として本書を選ぶのは、イタリア語の全体像がなかなか見えてこないこともあり、相当ハードルが高いと思われる。

『地中海世界の歴史』という全8巻のシリーズが講談社選書メチエから刊行されるそうな。4月は『神々のささやく世界 オリエントの文明』と『沈黙する神々の帝国 アッシリアとペルシア 』の2冊。続巻は7月以降に予定されているという話。著者は僕が過去の著作数冊を楽しく読んだ人である。選書レーベルは値段も高くなく、ありがたい。ありがたい。