古代マヤ文明-栄華と衰亡の3000年

マヤ文明と言えば複雑な形象の石刻文字が思い浮かぶ。約300種類ほど見つかっているそれらの文字はアルファベットと考えるには種類が多すぎ、日本語の平仮名と同様に音節(ひとまとまりの発声単位)と、漢字のような象形文字の混合と捉えることで解読が進んだらしい。そして旧来のマヤ文明観を覆す多くの事実が判明してきた。例えばマヤ世界には頑丈な城壁が無く、戦争の無い平和な楽園と以前(随分古の話である)は考えられてきたが、遺跡には巨大王朝間の衝突を始めとする多くの戦争の記録が刻印されていた。誰それの「到来」(「到着」だったか?)という記述も、外部勢力の武力による征服を意味する可能性がある。

本書の著者の専門は生物考古学(バイオアーキオロジー、骨考古学)である。遺跡から発掘される人骨、これは一般的な考古学者の研究対象外の遺物なのだが、生物考古学では人骨の発掘状況に加えて、骨に残る生前の生活環境の痕跡を化学的に読み取る。例えば元素同位体。此処での同位体は不安定な放射性同位体ではなく、安定同位体を対象にする。ある特定の元素同位体の含有比率はその土地土地に固有の標識となる。その土地で育つ植物はその「標識」を受け継ぎ、それを採食する人間はその「刻印」を体内に残す。その人の成長段階・ライフサイクルによって「刻印」が残る場所が、歯のエナメル層であったり或る骨の部位であったり異なる。この「刻印」を読み解くことで、その人は幼少時に何処で成長し、青年期に何処に移住したか、土地の標識と照合して推測できる。

そこから見えて来たマヤ文明は、同じく中部アメリカで先行すると考えられるオルメカ文明の影響を、以前考えられていた程には受け継いでいない。オルメカ文明の娘文明では無くて、むしろ妹文明に近いと考えられるそうだ。また、名前は忘れてしまったが、ある有名な「到来者」は、遠方のアステカ文明から派遣された侵略者という仮説が有力だったのだが、彼はマヤ文明圏で生まれ育った人物である可能性が濃厚となった。トウモロコシの品種やその調理法など、食生活に関しても多くのことが分かって来ているようである。

本書を読み終って、久しぶりにゲームの「Civilization VI」を起動した。使うのはもちろんマヤ文明。指導者はレディ・シックス・スカイで、本書にも紹介される人物である。このゲーム、時間がかかるのに加えて、中盤以降は作業になりがちなので僕はいつも精々中世辺りで止めてしまう。今回は運よくスペインが隣国になり、序盤の内にきっちりと滅ぼすことができたので早々に中断した。南北アメリカ大陸の文明がヨーロッパに滅ぼされることなく現代まで存続していたら、どれほど多様な文化が発展しえたのだろうと考えると、つくづく惜しいと思うのである。

考古学の研究を紹介する本は、遺物の細かい記述や考察で書面が埋められがちで退屈なものが多いのだが、本書はかなり面白かった。以前読んだ考古学関連書で面白かったものをもう一冊、下に載せておく。お薦めは原著のkindle版かaudible版である。日本語版は値段が内容に釣り合っておらず(と思う)、手放しでお薦めすることはできない。