言語の本質-ことばはどう生まれ、進化したか
表題書はとても面白く、読み応えのある本だった。身体感覚に接地する言葉であるオノマトペの話から始まり、子供はオノマトペを手掛かりに言語習得という険しい登山の端緒に取り付き、アブダクション推論(と帰納推論)能力で言葉の使用規則を推測し、自己励起的に語彙を増やしていく。加えて言語習得の必要条件と考えられる対称性推論はヒトのみが持つ能力か、という疑問などが議論される。
語彙を少し説明しておくと、アブダクション推論とはYが観測された時にその原因(法則)であるXを推定する、という推論の仕方である。これは科学活動で仮説を立てることを含め、帰納推論(数例のXがYとなることを見て、全てのXがYであるとする)と共に僕たちが日常生活で常用している考え方である。論理的には間違っているこの考え方がこうも当たり前のように使われるのは、それが資源的に効率が良いからであろう。そして間違っているかもしれないこの飛躍が新しい知識を拓く推進力となる。
最も面白いと感じたのが対称性推論の箇所。「XならばY」から「YならばX」と導くのが対称性推論である。明らかに間違いであるこの推論が言語習得の鍵となるのは、記号と対象物の相互方向への結び付きが言語能力に不可欠である点を見ても明らかであるが、チンパンジーの実験では、例えば赤い積み木を記号の丸に対応付けて学習させても、記号の丸を赤い積み木に対応付けることは出来なかったらしい。一方で筆者等が行なった生後8ヶ月の赤ちゃんを対象にした実験では、一方向の対応付けを学習させると、反対方向への対応も理解している事を示す反応が見られたそうである。
果たして卵(対称性推論)が先か鶏(言語能力)が先か。著者等の実験とその結論に少し疑問を呈しておくと、先ず生後8ヶ月ともなれば言語運用能力は未だ無いとしても、既に言語環境に晒されているのである程度は学習が進んでいるのでは無いかという点。そしてチンパンジーの方は成体を使用した実験であった点。多くの能力が発育の初期で(効率よく)学習されるように、相対性推論もまた生後間も無い短期間のみで学習できるような能力なのかも知れず、例外的に1匹だけ相対性推論力を示した個体は、何等かの理由で幼い時期に学習の機会を得たのかも知れない。
面白いと感じる箇所は人によって異なるだろうので、これ以上は実際に読んで確かめて貰いたい。色々思った事はあったけど書いている内に見失ってしまった。最後に、僕的に面白いと感じた短い話をもう一つだけ。日本語や英語で(多分他の言語でも)、案外多くの基礎語の語源にはオノマトペが鎮座しており、それと意識してよくよく眺めるとその言葉の元になった身体感覚が浮かび上がってくる。
さて、僕なりに言語とは何かを端的に言い表すとすれば、効率良く協調的に生存するための武器、だろうか。生物学から離れて随分経つけど、思考の軸の片足は未だそこに置いたままのようである。
他、フラッと手に取った本の一冊が『ごまかさないクラシック音楽』。本の帯には「入門書」などと書いているが、対談形式で多様な話題が矢継ぎ早に出て来るので、ある程度好きな人向けだと思う。両氏の知識量に舌を巻く。気に入ったのはワーグナーの箇所。著者の一人は元々ワーグナーが好きではなかったが、コロナの巣篭もり生活の際にyoutubeで毎日少しづつワーグナーを聴いてワグネリアン(ワーグナーのファン)になりつつあると言う。あれは長編小説を毎日30分づつなり読むようなものだと。そう言われて思い出したのが『失われた時を求めて』。コロナ前のことだけど、僕も毎日100ページづつ読み進めるのを習慣にして、あの長編を好きになったのだった。ワーグナーは長すぎて、これ迄僕も避けていた。氏に倣って僕も少しづつ聴いてみようかな。
何時購入したのか覚えていないが、多分Kindle版で安く売っていた時に買ったと思われる古典ギリシャ語の定番教科書 “Reading Greek: Text and Vocabulary” を読み始める。簡単な文章(今のところ)で構成される初歩的な読み物である。単語の殆どに訳が付くので、語彙力の無い僕でも理解できるが、単語が全て分かったとて文章が分かるとは限らないのがギリシャ語の怖いところである。Kindle版は特にギリシャ語箇所の表示がパソコンの大画面でも読み易いとは言えず、紙版を購入しようか迷う。
最近Audibleで聴いている(再聴)のが “Symphony in C”。原子C(カーボン)に纏わる話題が、宇宙の生成期から進化に至るまで展開される。例によって部分的にしか頭に入ってこないが、聴き易く非常に面白い。原子は電子数が2個、10個、18個・・・で安定な構造になる。原子番号6のCは電子を6個持ち、その内4つを失うか、外から4つを獲得して安定する。この柔軟性がCが持つ無二の特性であり、この為にダイヤモンドから糖鎖まで多様な形態を安定的に取ることが可能となる。元素Cについてだけだなんて話題が狭過ぎるだろうと思っていたが、全くそんな事は無い。