失われた貌

今年出版されたミステリー小説の話題作がランキング形式で書店に並ぶ時期になった。今年気になったのは、国内小説からは表題書『失われた貌』ともう一冊、そちらに関しては読んだ際にまた。外国語小説から気になったものは優劣無く複数冊、こちらも追々に。SF小説のランキングもそろそろだと思われるので、多くは読めないかもしれない。
さて表題書。顔を損壊され身元不明となった遺体を調査していくうちに、過去の迷宮入り事件が少しずつ姿を現してくる、という刑事もの。読みやすさは5点満点中の5点。一方で、物語への求心力は3点。緊迫感や没入感にやや乏しい。分量に対して盛り込まれた要素は多いものの、人間関係などの細部には深く踏み込まず、単層的な情報が淡々と流れていく印象で、読みやすい反面「読み応え」という点では物足りなさが残る。読後の満足度は2点。名探偵コナンのエピソードとしてなら、ちょうど良いのではないだろうか。
原著で読み進めている『魔の山』だが、ここ一週間ほどの間に読んでいた、というよりは立ち往生していたのが、新潮文庫版上巻の最終盤、「まぼろしの肢体」(だったかな?)という箇所。療養施設「ベルクホーフ」の勤務医ベーレンスとの会話によって生物学への興味を触発された主人公が、専門書数冊を入手して、安静療養中に読み進め知識を深めつつ、生命について何やら壮大で難解なことを考え始める。
どんどんエスカレートしていく思考の綾を何とか拾っていくと、初冬のアルプスの冷え渡った夜の静けさの中、ベランダの安静椅子に暖かく身を包んで本を手に横たわる彼の眼前に、懸想の相手であるショーシャ婦人の幻影が裸で出てきて彼にキスをして章が幕を閉じる。因みに、ベーレンスとの生物談義のそもそものきっかけも、主人公のショーシャ夫人への執着心なのだった。何だか狐につままれたような、著者にからかわれたような印象である。これぞ満点の「読み応え」。ちなみに、この一章に関しては、内容が僕には余りに難解だったので、日本語訳と語句ごとに照らし合わせながら読むこととなった。

