異常
フランスの文学賞であるゴンクール賞(文学色が強く、過去受賞作は僕が普段読まないようなタイトルばかりである)をSF・ミステリーが受賞とあって、気になっていた本であった。以下、本書を紹介するには内容に掠らないわけにはいかないので、ネタバレを気にする方は注意して頂きたい。
冒頭から暫くの間は主要登場人物である数人の日常(どんな生活をしているかとか、暗殺の心構えとか)が描かれるだけで、正直退屈である。僕は読み始めて直ぐ、約2週間ほど寝かしてしまった。各々に共通するのは2021年の三月にパリ発ニューヨーク行きのとある航空機に乗り合わせたという点のみ。この機は大西洋上空で季節外れの積乱雲(だったかな?)に遭遇している。
それまでにも、「おやっ」となる記述や、何か変だという違和感がチラチラと見え隠れしていたのだが、異常が読者にもハッキリと知らされるのは全3部構成の第1部の最後、約150ページに漸く差し掛かる部分からで、つまりそのあたりまでは辛抱が必要になる。そこから先は、もう一気読みである。
冒頭の退屈さのほかに、本書にはもう一つ難点がある。翻訳ものに有りがちだけれど、例えば男女二人の会話で別の男女を話題にする場合、会話の内外でそれぞれの名前に加えて代名詞(「彼」と「彼女」)が交錯して用いられ、この「彼」とは誰の事だろうと、一瞬分からなくなることが本書を通して数か所あった。原文の方でも分かりにくく書かれているならそれで良いのだが、そうでないならば日本語としては少々不自然だろうと思う。平易な内容なのに分かりにくい日本語として格好の例であろう。
〈核心部分に触れるので要注意〉機に何が起こったのかは明かさないし、どうしてその様な仮説が出てくるかも書かないのだけれども、僕たちが経験するこの世界が遥かに高度な知性のシミュレーションだった(機に発生した事態からその可能性が最も高いと多くの人が考えた)として、その事実は人間の生活に実質的には何の影響も無いだろうと思う。人間が経験しているこの宇宙と生命について、その根本が素粒子物理学者が考える「物質(エネルギー?)」にあろうと、又はどこかのハードウェアに収められたデータであろうと、物理的な条件が許す限り(管理者がスイッチをオフにしない限り)は人は営みを継続するしかないのである。本書の登場人物たちが異常な現実を受け入れて其々の生活に戻っていった、あるいは新たに歩みだしたように。