ハックルベリィ・フィンの冒険

余りに有名な表題書について、今更僕が内容に言及するなどおこがましいので、体験などを少々。前半はKindle版で所有していた光文社古典新訳文庫(上巻)で、後半は新潮文庫版で読んだ。古風な言葉遣いが気にならないなら後者が金額的にお勧めで、翻訳的にも僕にはより読みやすかった。古い小説は一昔(以上)前の文語体の方が雰囲気があって良い。今さら手に取った理由は勿論、今月末に発売される『ジェイムズ』の予習の為である。
さて、読み始めて直ぐに遠くの方から漂ってくる仄かな既読感。粗筋や場面をはっきりと覚えている訳でもなく、気のせいかと思いつつ最後の場面でやっと確信できた。高校時代に読んだのならもう少しはっきりした記憶があると思うので、多分中学生の頃だろう。ほぼ完璧に忘れ去っていたのには訳が有り、この作品に描かれるアメリカ南部社会の風情があまり好きではないから。何処か遠く隔たった、共感できない異質さを感じるのである。そんな訳で今回も十分楽しめたとは言えず、取り合えず読んだだけに終わった。物語的にも結構不満が有るのだけど、それは烏滸がましくなるので割愛。
翻訳を読み比べてみたい作品がもう一点。これを書き込んでいる日に岩波文庫版『トーニオ・クレーガー』の新訳が書店に並んでいた。「読みやすい訳で」とあるように、現代的な日本語訳になっているようである。以前の版である実吉捷郎訳『トニオ・クレエゲル』は原著で読んだ際に答え合わせとして断片的に立ち読みしており、こちらは旧漢字交じりの、かなり好きな翻訳であった。

『ハックルベリィ・フィン』と併読したのが『応仁の乱』。前者だけでは本を読んだ気分が得られず、バランスを取るために適当なタイトルをkindleライブラリから探して見つけた。数十万部売れたそうだが、読んだ(かつ内容を把握できた)人はどれだけ居るのだろうか。僕はかなり早い段階で誰が誰だか分からなくなった。後書きを最初に読んでおくと内容が入りやすかったと思われる。ほとんどうろ覚えなので内容に関しては発言を控えたい。未読のkindle本としてもう一冊、同じく中公新書の『蘇我氏』も見つけたのだが、本書を一応「読んだ」後だと少し躊躇してしまう。興味がそれ程ある訳でもないし。