ジェイムズ

想像以上に面白かった。黒人奴隷ジムの視点から『ハックルベリー・フィン』を本歌取りした本作であったが、そもそも本歌の方にあまり惹かれなかった。特に今となってはありきたりと感じられるストーリー展開に関しては、「アメリカ現代文学の祖」としての評価を取り払って見れば(古典作品にはフェアではないが)、それほど高く評価される小説とは思えず、現代の読者の目には物足りなく感じられる。なので、この本作も少々読み渋りしていた。いざ読み始めてみると、その杞憂はたちまち晴れる。
主人公ジム(ジェイムズ)は逃亡奴隷という立場のため、原作ではハックと常に一緒に行動することができず、一時的に別行動を取ったり、物語から姿を消したりする場面がある。そうした場面でハック側に起きた出来事は、ジムが直接経験したものではないため、本作でも改めて描かれることはない。しかし、原作を読んでいる読者であれば、それらの出来事をすでに知っている。つまり本作は、読者の知識を前提とすることで、物語としての一貫性を保っている。その結果として生まれたテンポ感は、今の時代には心地良いものになっていると思う。ジムの目に映る出来事に、ハックの物語が重なり合うのである。
中盤を過ぎると物語は次第に原作から離れ、ジェイムズ(ジム)自身の人生が語られ始める。ここから物語は見せ場を迎え、力強く印象深い幕切れへと向かっていく。その後の長い困難の歴史を我々は知っているからこそ、ジェイムズの選択が余韻として心に残るのである。詳しい内容については触れずにおきたい。5点満点中の5点。