夢ひらく彼方へ ファンタジーの周辺

久しぶりのファンタジー評論。『逝きし世の面影』の著者の、晩年の講演を書籍化した本である。80歳を超えて、情報を収集しての執筆は辛くなったが、それでも記憶を頼りに語ることならできる、という次第で始まった講演だそうな。その最初のテーマとしてC・S・ルイスと『ナルニア』シリーズ、次にトールキンと『指輪物語』、続いて『ゲド戦記』シリーズが取り上げられるのが、ファンタジーのファンとして嬉しい。この三作品は現代のファンタジー物語の中で最も重要で影響力のあるトップ3である。このことに反論のある人にこそ本書は読んでもらいたい。著者の年齢を考えると、ご自身が最も語りたい内容から(ある程度)優先的にテーマを選んだであろうと思っている。そして本書が収録する講演の先に、幾つも面白そうなテーマを計画していたことが惜しまれる。

内容の方は、かなり胸がすく書きっぷり、と言うより話しっぷりである。先出の三作品についても、ここは評価しない、この点が作品の良さを殺している、とはっきりダメ出しをしていて、読書家としての一歩引いた目線に説得力がある。さらに、関連書籍を何冊も読んで情報を整理するのがしんどくなったと言いつつも、主題書(『ナルニア』シリーズなど)を再読したり、それぞれの著者の人生や作風を論じる際の参考書(『J.R.R.トールキン: 世紀の作家』、『夜の言葉』など)をきっちりと読むのは流石である。本書の内容が語られたものであることを考えると、その知識の量と深さに眩暈を感じた。

最後に、本書で著者が言及して思い出した話。BBCが1996年に行った「20世紀で最高の小説は何か」(だったかな?うろ覚え)と題するアンケート調査で『指輪物語』が一位に選ばれたことについて。著者がなんと言ったか忘れてしまったが(否定的だったような)、僕自身も納得がいかない。好きさでは第一位だけど。僕自身が読んできた中では『失われた時を求めて』が最高だと思う。20世紀で最高ということは、諏訪哲史によれば「20世紀」という縛りを外しても最高の小説ということになるらしい。