死の貝:日本住血吸虫症との闘い

非常に興味深く、同時に怖い話だった。先ず口絵の一枚に衝撃を受ける。そこには3人の若者が写っており、18歳の健康者の横に、18歳と25歳と記された二人の若者が並んで立っているのだが、どう見ても年相応の体格をしていない。付記が無ければ、それぞれ13歳前後(中一くらい)と8歳前後(小学校低学年くらい)にしか見えない。その原因は寄生虫症であり、この症状は甲府盆地では地方病として、『甲陽軍鑑』にも記されていた。体と同時に知能の発育も遅れ、痩せ細り、腹水が溜まって多くの場合は死に至る。この地に嫁ぐ際は棺桶を背負って行かねばならない、と口碑に残る。

同じ症状の地方病は広島の片山地方と筑後川流域でも知られており、明治以降、医者達はこれらの類似性に次第に気付き始める。そして調査の末に、ヒトの門脈に寄生し産卵する未知の寄生虫を発見する。この病気の予防と撲滅の為には、当の寄生虫種のライフサイクルを究明する必要がある。卵は人の排便に含まれて野外に排出されるのだが、発育期間中の宿主が不明であった。やがて筑後川流域のある村に、「有毒溝渠」と呼ばれる、水につかったら被れる水路があることが研究者の耳に入り、その水路に大量に密生していたミヤイリガイ(研究者の名前が付いた)という小型の巻貝の存在が浮上する。

wiki内容の元ネタらしいので、ネタバレを気にせずに粗筋の一部をざっと書いてしまった。この寄生虫症は中国でも水田地方に蔓延していたらしく、排泄物を河川に垂れ流す衛生環境と不十分な治水の為に、土地と人口の規模も相まって日本より悲惨な状況だった。さて、このミヤイリガイであるが、現在は絶滅危惧種(CITES I)に指定される。

僕は子供の時、しょっちゅう用水路や水を張った棚田に入っていたのだが、カワニナやタニシの子供とも異なる、小型の巻貝が居たことをふと思い出した。前者2種は小型なら指先で簡単に潰れるほど殻が薄かったと覚えているのだが、後者は小さいにも関わらず結構硬く、本書の記述と照らしても、写真で見てもミヤイリガイと類似している様に思われる。現在CITES第I種に入るまで数を減らしている本種が兵庫の片田舎に当時居たかどうかは分からないが、この点が一番ゾッとした。ある程度の個体数が居ないと、それを宿主とする寄生虫の数も問題にならないのだろうけど。本書の最後に付された未解決の謎、日本では互いに遠く隔たった3か所でだけこの寄生虫症が蔓延した理由については、ミヤイリガイの生息に適した何か(水質とか)があるんだろうけど、なんだろうね。