なめらかな世界と、その敵
今週末までは時間に余裕がないのだけど、つい読んでしまったのが『なめらかな世界と、その敵』。タイトルの元ネタは多分『なめらかな社会とその敵』。そちらは未読だが、昨年に文庫本が並んでいて印象的(個性的)なタイトルだなあと覚えており、表題書を目にして思わず手に取った。SF短編集である。
表題の作品は、各人が無数のパラレルワールドを移り歩いて、少しずつ細部が異なるいくつもの世界を同時に生きることが、現在の僕たちがインターネットを使う如く当たり前のように浸透している世界でのお話。ほんの僅かでも可能性が有れば、物理的に不可能でさえ無ければ、無限の選択枝の中にはそれが実現した世界が必ず見つかる。(自己認識や歴史認識はどうなるのか疑問に思うのは当然であるが、その辺りは不明。)そんな大胆な世界設定の中で展開するお話は実に個人的でエモーショナルなものであった。
この個人的でエモい点がこの著者の特徴だろうと思う。とある新幹線が最高速度で巡航中に突如として内部の時間が減速(内部で1秒が過ぎると外部では300日が経過する)するという災害を描いた『ひかりより速く、ゆるやかに』も、設定的にはハードなSFでありながら非常に情緒的なお話だった。このエモさがSFファンだけでなく広い読者にウケる理由だろう。感性の若さや現代風の言葉遣いも、著者よりもう一世代以上年長の作者の本を読むことが多い僕にとっては眩しく、時代の移り変わりを強く感じた一冊となった。
まだ読んで無い短編が一つ残っているものの、僕が最も気に入ったのが『ホーリーアイアンメイデン』。双子(かな?)の妹から、彼女の死後に姉へと届くように設定された書簡の形式で構成されるお話で、一貫して戦前頃?のお嬢様言葉が用いられている。全て妹側の視点なので姉の意図(と言って良いのだろうか)は本来は不明なのだが、よく読めばちゃんと書いてある。薄気味悪さがとても良い。
著者自身が影響を受けたかどうかわ分からないけど、本書を読みながら僕はジェームズ・ティプトリー・ジュニアのSF短編集を無性に再読したくなり、二冊ほどネットで注文する。読めるのは週末以降だろうな。