凍(とう)

壮絶なノンフィクションである。一旦読み始めると先が気になって止められない本は幾つもあるが、僕にとって本書はその筆頭である。ミステリーによくある、結末(のみ)が知りたい、というのとは趣が違う。途中の全てから目が離せない。僕は本書を、サンフランシスコ行きの飛行機の中で読み始めた。徹夜明けで、機中ぐっすり眠る予定であったが、そうできなくなることは直ぐに分かった。約5時間後、読み終った後も目が爛々と冴え、残りの時間を映画を観て過ごした。到着後の疲労感といったらない。

本書は山野井夫婦がヒマラヤ山脈の未踏峰、ギャチュンカン(7952m)にアルパインスタイルで挑んだその記録である。アルパインスタイルとは酸素ボンベや固定ロープを用いず、またポーターのサポートも得ず、少人数が独力で短い時間に高峰に挑む登山法である。かつてアルプス山脈が登山の中心地であった時代の登山スタイルであった。やがて登山の場はヒマラヤ山脈へと移り、アルプスとは比較にならない登山環境を克服するために極地法が主流となる。大人数でキャンプを少しづつ押し上げて行き、最終的に少数で構成されるアタックチームが登頂を挑む登山法だ。

登山道具の発達とともにヒマラヤでもアルパインスタイルで挑む登山が増え、1975年、ラインホルト・メスナーが初めて八千メートル峰を攻略したことで、この手法は脚光を浴びる。このスタイルの利点は少人数ゆえの手軽さと低費用、また登山期間が短いので雪崩や悪天候のリスクを回避しやすい点にある。しかし、山野井夫婦は幸運には恵まれなかった。

夫婦は普通の登山家ではない。互いにそれまでの登山において手足の指の殆どを凍傷で失っている。それでもなお、活動のすべてを登るために費やす。奥多摩に生活の場を移し、岩場で訓練をする。この時代に妙子は布団も自分で縫う。指のない手で。そしてギャチュンカンでは稀にみる悪天候と極限状態からの生還。人間はそこまで耐えられるのかという驚きがある。

正に驚愕の物語であった。僕はその後二度、海外出張に持って行った。

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