The Story of Human Language

これは文字として残された書ではないのだが、大変面白かったのでここに紹介したいと思った。もし本として出版されるのであれば、サンデル教授の講義録の様なものになるであろうか。

“The Great Courses”シリーズは大学の講義をそのまま録音したようなライブ感のあるコンテンツであり、通常の本の朗読とは毛色が少々異なる。取り扱うジャンルは学術分野の多岐に渡り、その分野の一流(多分)の研究者・講師がナレーターを務める。録音状況は分からないのだが、小さな拍手や笑い声が時折入るので、少数を前にした講義をそのまま録音しているのではないかと思う。言い詰まりや早口での言い換えなども入る。一般的な大講堂での反響音や聴衆の騒めきは入らない。これまでこのシリーズは敬遠してきたのだが、今後はちょっと注目していきたい。

最近聴いた”The Story of Human Language”は言語学のトピックスを幅広くカバーし、話題は人間の最初の共通言語(所謂proto-human-language)、言語の変化や分化、方言、各語族の特徴、言語の死滅や人工言語に及ぶ。話題からの脱線や(教授にとっての)外国語の発話も面白く、外国語に興味のある人一般に強くお勧めできる。ご存じだろうか、インド・ヨーロピアン語族で文法的性が無い(消失した)のは英語だけである。言語学の教授だからであろうか、当講義の語りには自然なリズムがあって理解し易い。当コースの姉妹版として”Language Families of the World”もあり、こちらは語族それぞれの特徴に焦点を当てたものである。

例えばコイサン語族。アフリカ南部で使用され、人類最古の言語族とされる。ここに含まれる言語全てがクリック音(日本語では吸着音と言うそうだ。舌打ち音もその一つ)を使う。我々にとっては非常に珍しい音素なので、ネイティヴの会話を聞くと面食らうだろう。厳密に言えば、ここに含まれる語群(*)全てが独立した語族を形成し、祖言語からの分岐時期は約7万年前と推定される。これはヨーロッパ人とアジア人の分岐時期に相当する。これら言語群間で共通する単語は4,5個しかないらしく、これら共通の原コイサン語(それはすなわち、我々が遡れる共通の人類原語でもある。注:この辺りは異論が有るだろう)を追求したとしても、何処にもたどり着くことができない。クリック音は隣接する地域の言語族、ニジェール・コンゴ語族のバントゥー語群にも継承されているが、ここでの使用法はある種の婉曲表現(特に義理の母と会話する際の言語表現)に多く現れることから、クリック音の起源もそういった婉曲表現であった可能性が示唆される。

(*言語学上の分類区分。同一起源からの派生と認められた言語群を語族と呼び、その下位群に語派、語族と続く。同一起源と証明されないとき、或いは語族・語派・語群の区別を問題にしないときは諸語を使う。)

バントゥー語群の中でもスワヒリ語は例外的にクリック音を用いない。一般的に、言語の発音は(文法も)より簡単な、効率の良い方向へ変化する。文化的な交流の多い地域で使用される言語は特にその傾向にある。例えば中国の多くの方言では7から9の声調(音の高低による変化)を使うそうだが、中国北部、北京あたりで使用されたマンダリン(現在の普通話)は4つの声調のみを用いる。これは成長した後に外国語として習得する人が多いためだ。話者の殆どが母語(つまりその言葉で成長した言語)として使用するような、文化交流の乏しい地域の言語では、幼児期を逃しては習得が難しい発音が含まれる。2歳から5,6歳あたりまでの幼児は言語習得の天才であるらしい。コイサン諸語の中には50を超えるクリック音と150の音素(**)を使用するものが有る。参考までに、英語は母音20音素と子音24音素、日本語ではそれぞれ5,16である。(これをもって日本が言語の成熟期に文化交流が英語より高かったというつもりはない。熱帯地方の多くの言語と同様、恐らく他の要因が係わっていると思う。)

(**ある言語の中で同じとみなされる音の集合。)

追記 3月31日の時点で後者”Language Families”を漸く聴き終わった。通勤などの歩く時にしか聴かないので時間がかかる。人類の拡散を追うようにしてアフリカからヨーロッパ、中東、アジア、南北アメリカの各語族を網羅していく。最後は人類の祖語と文字に触れて終わる。祖語の話題は少し面白い。言語の様相は語族が異なれば相当異なるのだが、幾つかの基本用語、例えば「水」、には無視できない類似性がある。

言語学的な追跡に加えて、現在では遺伝的な追跡も可能なので、両者相補う考察が可能になり、かなりのことが已然として推測段階ではあるが、分かっているらしい。例えばヨーロッパには、(言語的に)主要な移入の波が過去三回あった。最初の波は約4万年前、狩猟採集民が流入してくる。ネアンデルタール人の時代である。この当時の語群分布は証拠が少なすぎて全く分かっていないが、ほぼ確かなこととして、(他の言語から隔たった孤立言語である)バスク語が、この時代からの生き残りと考えられる。二つ目の波は8000年前に北アジアより、三つ目が5000年前ウクライナ方面より、それぞれ農耕民がより進んだ技術と共に流入し、先住民にとって代わった。

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