暗黒城の魔術師 (ドラゴン・ファンタジー)

『指輪物語』を読み終わったとき僕は「ファンタジー」の世界を卒業した。これ以上のものは無いと思ったからだ。(のちに再入門するのだが、それはまた別の話)。では入り口はどこだったかと言えば、今考えるとそれは表題本ではなかったかと思う。それ以前は中世ヨーロッパをモチーフにしたハイファンタジーの世界に特別な思い入れはなかった。

誕生する時期が悪かったために、すぐに消えたものは沢山ある。MDもその一つだろう。そしてゲームブック(注1)。1970年代後半から80年代にかけて、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』に代表されるテーブルトークRPG(以下TRPG)が大流行していた。が、これを遊ぶには4,5人の人数が必要であるため、イギリスのスティーブ・ジャクソンが当時ルームメイトのイアン・リビングストンと共に一人でも遊べるRPGとしてゲームブック『火吹き山の魔法使い』(1982) を発表した。以降、ファイティング・ファンタジー・シリーズとして50を超えるタイトルが彼らとその賛同者から生まれる(注2)。

(注1:ストーリーの展開が読者の選択によって変わるように作られた本。1979年の『きみならどうする?』(Choose Your Own Adventure) が最初のゲームブックに挙げられている。
注2:その内約30タイトルが日本語に翻訳された。執筆者の中には同名のアメリカ人ゲームデザイナー:スティーブ・ジャクソンも居て、日本人を混乱させる。)

この『火吹き山の魔法使い』は1984年に日本で翻訳される。翌年にはゲームブック史に残る傑作、『ソーサリー』四部作が出版され、ゲームブックブームを巻き起こした。当時のコンピュータRPGは未だ稚拙で、RPGと言えば「本物」TRPGと「その代替」ゲームブックであった。僕がゲームブックを知るのはそのさらに一年後、1986年になる。まさに流行の真っ只中と言っていい。

きっかけは何だったか覚えていない。その当時、表題のドラゴンファンタジー・シリーズは既に4巻まで出ていたが、この4巻目に強く惹きつけられたからだと思う。シリーズの初巻である表題本を購入し、読み始めた途端にトリップした。小学5年生のウブな少年には刺激が強すぎたのだ。そんなヤバいモノが子供の目の届く位置に平積みされる、大らかな時代であった。以来、目ぼしいブツは片っ端から読んだが、その多くは今ではもうタイトルすら思い出せない。当時僕は「読書」ばかりしていたので、両親から勉強の催促を受けたことはあまり無かったように思う。ゲームをしているのだとは決して言わなかった。(後になって聞いたのだが、僕が遊んでいたことはちゃんとわかっていたようだ。)

ドラゴンファンタジー・シリーズは他のゲームブックとは印象がハッキリと異なる。他と比べると項目数が少なく、一項目あたりの叙述が長い傾向にあった。これはTRPGの単純な代替としてのゲーム性を追求する以上に、雰囲気作りを含めたゲーム「ブック」ならではの面白さを求めたからだろう。だた項目数の少なさを補う仕掛けは随所にあった。また、数多くの奇妙なアイテムや魔法のリスト。買い物をして冒険に備える行為自体は楽しみでもあったが、その使用ルールはいい加減で実際役に立つものはほとんど無かった。こうした適当さもシリーズに通底する、著者ハービー・ブレナンのアイルランド風ブラックユーモアや皮肉の一つとして受け入れられる。

「14へ行け」という言葉を聞いたことのある人もいるだろう。キリスト教圏で不吉な数字,13,をゲームオーバーの項目にすると読者に簡単に回避されてしまうと言う理由で1を足したそうだ。「14へ行け」はこの本に由来する。だたし14が死の数字だと瞬く間に学習されてしまうので、14へ行くまでにもう1,2ステップ、死に至る描写、が挟まれる。或いは詩的魔神。キューピー顔の奇妙な魔神(吸血鬼)でシリーズの常連だが、自作の詩を貶されるのを何より嫌い、不興を買うと14へ行くことになる。遭遇したら細心の注意を払って選択肢を選んだ。こうしたユーモアに当てられると、他のゲームブックが味気ないものになってしまう。

最終巻である第8巻は1987年末に出版されたが、この時はもう、流行は過ぎ去っていた事がはっきりと感じられた。ドラクエ2が1987年、ドラクエ3が1988年初めに出た頃である。(余談になるが僕はドラクエ1を遊んだことがある。レベルが足りない状態で竜王に挑み、数戦後にそのレベルでは絶対に勝てないと分かって遊ぶのを止めた。ファミコン自体あまり遊ばなくなって、再びコンピューターゲームに戻るのは十数年後になる。さらに余談だが、ドラゴンクエストは海外では”DragonWarrior”と言うタイトルで販売された。”DragonQuest”と言うTRPGが1980年に既に出ていたからだ。) 以来RPGはコンピューターゲームのものとなった。「本物」TRPGですら次々と廃版になったが、これは後にインターネットの普及によって復活する。

さて、シリーズの大雑把な内容はこうだ。読者はページを開いた瞬間から、魔術師マーリンの魔法によって、6世紀初めのアーサー王統治下のブリテン島へと魂だけ呼ばれる。マーリンが用意したピップというアバターに入り、お喋りな剣「エクスカリバーJr」と共に、マーリンが直接手を下すまでもない些事の処理を命じられる。因みにアーサー王はケルト人であり、この当時はサクソン人、ジュート人などの侵略に対抗すべく大忙しであった。後にケルト人たちは現在のウェールズに後退し、次にケルト人(ウェールズ人)がイングランドを治めるのは16世紀のテューダー朝成立まで待つことになる。

この本を今のコンピューターゲームに落し込めばせいぜい30分程度の内容だと思う。だが当時は一晩かけた大冒険であった。コンピューターでは得られない、その世界への没入感はたぶん読書という行為に因るのだろう。 或る年代には特別にキく類の本がある。例えば北杜夫や畑正憲は小学生高学年から中学生にはサさる。そしてドラゴン・ファンタジーシリーズももそんな類の本であった。 懐かしくなって昨年末にこれを入手したが、この年でやるのはなかなか辛く、途中で止めてしまった。とっておきと言えばこれ以上のものは無いのだが、このサイトで僕が紹介する他の本とは異なり、この本はお勧めしない

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