ダーウィンはそんなこと言わない

 「ダーウィンは『種の起源』の一節で『最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である』と記している」という話を何度ともなく耳にする。ある時は大学の先生が講演の中で、またある時は有名経営者が訓示の中で、そのように語った、という形で。
 …と、ここで生物学を専攻してきた人間としてはちょっとした違和感を覚えるのである。自分が習った限りでは、ダーウィンは生物の「種」はどうやって誕生したのかという疑問に対し、いわゆる「進化論」を唱えた。神がそれぞれの「種」を個別に創造したのだという従来の説をくつがえし、共通の祖先種を持つ生物がそれぞれに変異を繰り返し、より有益な特徴を備えるようになった生物群が自然淘汰の作用により「種」として固定化したのだ、というのである。
 少々ややこしいが、要するにダーウィンの進化論は「現在知られている「種」は、共通の祖先種を持つ生物が変異した結果、有利な生物群が自然淘汰の作用で固定化したものだ」というマクロの話をしているのであって、「ある生物が(例えばオランウータンが)変化できたら生き残る」というミクロな話をしている訳ではないのである。
 だからダーウィンは前掲のような事は言ってないはずだ…と決めつけそうになるが、ふと話題になった東大卒業式の式辞を思い出す。憶測で言うのではなく、きちんと自分の目で確かめるのがインテリゲンチャのあるべき姿なのではなかろうか。…という事でダーウィンの「種の起源」を全文読んでみる事にしたのである。


 …読んでみた感想であるが、「種の起源」はハッキリ言って非常に読みにくい本である。現代の生物学の常識からすると当たり前の事をくどくど説明していて、なんだか論旨もとっ散らかっている。ただ、これには時代背景の影響もある。ダーウィンは1809年に生まれ1882年に没している。遺伝の法則の発見で有名なメンデルもほぼ同時代人(1822年生-1884年没)だが、メンデルの業績が広く知られるようになったのは当人の没後であり、ダーウィンは遺伝の法則も知られていない状況で「種の起源」を書いているのである。逆にこういった時代背景を考えると先見の明に驚かされる部分も多い。自説(進化論)に対する考えられる反論について予防線を張っている部分が多々あるのだが、特に不妊の働きアリの進化はどのように説明可能か、という難問に対しては、不妊の働きアリがいれば集団としては有利になる事も否定できないと、かなり苦心して説明をしている(第7章 本能)が、これは20世紀になってハミルトンにより理論的に証明される事になる部分である。また、中立説的な考え方(ただし分子進化の中立ではなく形質の進化の中立)を示唆している部分も見られ(第2章 自然条件下での変異)意外の感があった。総合的に見てやはりエポックメイキングな書物である事は揺るがないだろう。

 さて、当初の目的…ダーウィンは「種の起源」の中で、「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である」と記しているかを確かめる…に対する結論であるが、「一言一句このように記した部分はないが、それに類する事を全く言っていないとも言えない」という事になる。例えば以下のような記述があった。
 ・競争相手との関係でそれ相応の変化や向上ができない種は、たちまち滅んでしまうだろう。(第4章 自然淘汰)
 ・地表に生息する無数の生物は、新しい構造を獲得することで互いに闘争し合い、最も適応したものが生き残る。それを可能とする構造上の重要な変更が生じるのは、個体にとって有益な差異を着実に蓄積する自然淘汰の作用なのである(第5章 変異の法則)
 ・何らかの決定的な利点を備えていたり、さらに変化して改良されると、変種はしだいに分布を拡大して祖先種に取って代わることになる(第9章 地質学的証拠の不完全さについて)

 まとめると、「種の起源」は科学史上の位置づけとしては、進化論、すなわち「現在知られている「種」は、共通の祖先種を持つ生物が変異した結果、有利な生物群が自然淘汰の作用で固定化したものだ」という理論を提唱した文書であるが、前述の通りかなり論旨が錯綜しており、巷間言われているような「変化できるものが生き残る」に近いニュアンスの記述も含まれている、という事である。大変な難読書であったが、得るものはあったと思われた年の暮れであった。

(出典)種の起源(上・下) (渡辺政隆訳・光文社 古典新訳文庫)

ダーウィンはそんなこと言わない” に対して5件のコメントがあります。

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